修羅しゅらら日記 '96/6 |
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そういえば新聞に、福井のホタル祭りでビニールハウスに放してあったおよそ二千匹の蛍が、開場一時間ですべて見物客に捕獲されたと出ていました。ちょっと信じがたいことです。自然のままではなく、人工的に押し込められている蛍を見ることによって、見物人の理性が狂うのでしょうか。いや、これは理性の問題ではかたずづけられないように思われます。
人は自然のなかに放り出されることによってはじめて、小さな命の存在を知り、畏敬の念を覚えます。それは理性で感じるものではなく、もっと内奥にある自分のなかの何かが感じとるものです。
小さな命を慈しむ心が沸き上がったなら、その命を無暗に奪おうとするはずはないのですから。たとえば昨日紹介した辰野のほたる祭りでは、松尾峡の暗闇の中を蛍が時折人に向かって飛んできます。静かにゆっくりと舞う蛍を、手のひらでつかまえることはそれほど難しいことではありません。たまに子供たちがつかまえています。でもしばらく手のひらの上で光を放つ蛍を観察すると、皆一様にそのまま蛍を夜空に舞い上がらせています。誰に言われるまでもなく、自然にそうするのです。
自然のなかには、人知を超えた意志が存在しているように思えてなりません。
記念すべき第一日目は、ほたる祭りのことを書くことにしましょう。ちょうど今ほたる祭りから帰ってきたところですから。
ほたる祭りって知ってますか? 長野県に辰野町という小さな町があります。この町では十数年前から町ぐるみでゲンジボタルを保護しているんです。
ほたる祭りはその蛍を多くの人に楽しんでもらうために、辰野町がはじめたお祭りです。別に祭りのために蛍を保護したわけではないのでしょうが、思いのほかゲンジボタルの繁殖に成功したおかげで辰野町は日本有数の蛍の里といわれるまでになり、町をあげての最大の年中行事としてほたる祭りは定着しました。
六月の下旬からほぼ一週間祭りは続くのですが、その蛍を見学に遠方からも多くの人が集まり、華やかな賑わいをみせます。普段は物静かな駅前には露店がずらりと並び、舗道は人で埋め尽くされるのです。
やがてあたりが暗闇に包まれると、本当の蛍祭りがはじまります。田圃の間に敷かれた細い道をたどっていけば、カエルの鳴き声が四方八方から聞こえてきます。その声が少しづつ遠ざかると、小川に沿って、月明りだけに照らされた真っ暗な道が続きます。そこからほんの少し歩を進めると、思わず叫び声をあげたくなるような幻想的な光景が目の前に現れます。
艶のある銀色の小さな光が、広大な湿原に無数に点滅を繰り返しているんです。無機質な街の明りとは異なり、その輝きのなかにはあたたかさと切なさが同居しています。小さな命が、精一杯輝こうとしているからでしょうか。単なる美しさを超えた崇高なものを、その一瞬感じるんです。
今までおしゃべりをしていた人たちが、無数に散らばる蛍のゆらめきを目にしたとたんに言葉を忘れ、ただ蛍に見入ります。静けさのなかで、風にあおられ蛍が一斉に舞い上がるさまは、一度目にしたなら二度と忘れることはないに違いありません。
さだまさしさんが歌で詠んだ「降りしきる雪のような蛍、蛍、蛍」そのままの世界です。わずか10日間の短い時間を、蛍は力の限り輝き、舞います。
小学生の頃、竹馬の友とともにほたる祭りに出かけたことがあります。まじめな小学生でしたから、もちろん辰野に着いたのは昼間です。どういう祭りなのかと知るよしもなく、ただ露店を見て回ることが楽しそうだったから、出向いたまでのことでした。 それでも「ほたる」と名がつくからには、どこかに蛍がいるに違いないと、私たちは懸命に探しました。しかし残念ながら、ついに発見できぬまま帰途についたのです。家に戻ると落胆する私に向かい、父が言いました。
「蛍は夜見なければ、わからない」
大学生の頃、まだホームビデオなるものが発明されてなかった時代、私たちは音の収集にこっていました。フォークソング部に属していた私は、自分たちの創った曲を録音する際に、いろんな生の音を入れて体裁を整えようと提案したのです。同じ下宿の友人らとともに、ではちょうど「ほたる祭り」をやっているから蛍の鳴き声を取ろうということに決まり、重い機器を抱え、松本から辰野に向かいました。
道端に蛍が点滅している姿を見かけると、私たちはあわててマイクを蛍に向けたものです。道行く人が怪訝な眼で私たちを見ます。それでも辛抱強く、マイクをむけじっと決定的瞬間を待ち続けました。そんなことを何回か繰り返すうちに、私たちはようやくひとつの事実に気がつき、愕然となりました。
蛍は鳴かない。
ほたる祭りのクライマックスの場所に着くまでには、かなりの長い距離をカエルの鳴き声とともに、歩かなければなりません。そのためはじめての人は、相当不安にさらされるようです。いくら目をこらしてみても、蛍の一匹も飛んではいないのですから。多くの人たちが不安な面持ちで歩いていたときのことです。あるカップルの女の子が、連れの男の子をからかうつもりで声をあげました。
「あっ、蛍」と、叫び、田圃を指さしたのです。するとどうでしょうか。カップルの周りはたちまち黒山の人だかりとなり、「どこだ、どこだ」「OOちゃん、蛍ですって、よく見なさい」と、まるで百姓一揆のような大騒ぎとなってしまったではありませんか。
あまりの騒ぎの大きさに、指さした手を引っ込めることもできず困り果てた女の子は、戸惑いながら声を発した。
「なあんちゃって!」
う~む、つい長く書いてしまった。この癖は明日からは直そう。
ま、要するに今年のほたる祭りは、例年になく蛍がたくさんいます。今からでも間に合う方はぜひ行ってみてはどうでしょうか、ということを言いたかっただけです。
長々お騒がせしました。