将棋についてのひとりごと 
  


 このところ、将棋はひとつのブームになっていますよね。書店で
は将棋の本が、以前に比べてもの凄い勢いで、売れているそうです。
テレビや週刊誌で将棋が取り上げられることも、たしかに多くなっ
てきました。

 それもこれも、羽生善治という弱冠二十五歳の天才棋士が、将棋
界に現れたおかげです。今年の二月に、彼は将棋界の七つのタイト
ルをすべて奪うという離れ業をやってのけました。

 もっともそれがどれだけ凄いことなのかは、おそらく将棋につい
て今までなんの興味もなかった方には、チンプンカンプンなのでは
ないでしょうか。ただマスコミが一斉にあれだけ「凄い」と騒ぎ立
てたからには、きっと大変なことがおきたのだと、漠然と思ってい
る方がほとんどだと思います。

 世間というものはマスコミの流す情報に、なんの疑いもなくつい
ていきます。天才・羽生が脚光を浴びると、そこにいち早く目をつ
けたのは、世のお母さん方でした。おかげで将棋の入門書は飛ぶよ
うに売れました。自分の子供に、さっそく将棋を覚えさせようとす
るお母さんたちが、なんと多かったことでしょう。

 将棋に対する世間の目は、ここ一年でたしかに変わりました。今
では趣味はなんですかと聞かれたときに、胸を張って「将棋」と答
えることができるようになったのです。十年ほど前と比べて、なん
という時代の移り変わりでしょうか。

 たとえば私が大学生の頃は、将棋=おじさん若しくはおじいちゃ
んのやるもの=ださい=根暗、このような方程式を即座に思い浮か
べる人が、世間には満ちあふれていたのです。ですからコンパの際
に、趣味は将棋ですなんて答えた日には、女性の目つきはとたんに
軽蔑の眼差しへと変ったものです。

 これには辛いものがありました。中学でも高校でも将棋部に身を
おき、部長を務め、ことに高校では将棋同好会(部活動として認め
られない状態)を将棋部にするために青春のすべてをかけたきたの
ですから、それが「フ〜ン」というひとことで軽くあしらわれるこ
とには、大きなカルチャーショックを覚えたものです。

 よしそれならばと私は、女性にもてたい一心で、大学ではフォー
クソング部を選んだのでした。かぐや姫、グレープが若者から絶大
な人気を受け、ギターさえかついでいればギャルが後ろから着いて
くると聞き、今度こそ行けると、確信したものです。

 ところがそんな時代はとうに過ぎ去っていたようで、ギターの弾
き語りなどほとんど相手にされず、ロックやフユージョンなるもの
へと、ギャルの視線は注がれていたのです。

 中学・高校で将棋、大学でフォークソングと自己紹介したとたん
に、場の空気がやけに冷めてゆくことを感じ、「なぜなんだ」と夕
日に向かって叫んだものです。

 それが今はどうでしょうか。高校時代の将棋のライバルであった
東京に住む友人は、女性と飲みに出かけたときに将棋が強いと紹介
すると、今や尊敬のまなこで見られると先日熱く語っていました。
どうやら将棋はトレンディーなものへと、様変わりしたようです。

 そういえば今年の秋には、NHKの朝の連続ドラマで、将棋の女
流棋士を目指す姉妹の物語が放映されることも決まっています。ブ
ームであるからには、どこかでこうした盛り上がりは冷めてしまう
のでしょうが、まぁとにかく将棋がスポットライトを浴びることに
は、溜飲の下がる思いがします。

 このブームができるだけ長く続いてくれることを願って、ペンを
すすめて・・・、じゃない、キーボードを打ち続けていきましょう。


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