修羅しゅらら日記 |
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’96/6月の日記を見る
いったい誰が羽生を倒すのか、このところの将棋界の話題はそればかりだった。森内でも佐藤でも谷川でもなく、まださほど実績のない三浦五段が羽生をタイトル戦で破るとは、驚いた。
第3局で見せた羽生の神がかりの強さを目の前にして、呆然と立ち尽くしていたあの三浦五段がまさかどん底からはい上がるとは、思ってもみないことだった。
予想は見事にはずれてしまった。
こうやって、新しい時代がやって来るんだろうなぁ。
引っ越しを知ったのは、Y氏の奥さんからの一通のメールだった。
>我が家も来月あたり引っ越しとなりそうです。
>長年住み慣れたこの町を離れ、いざ新天地へ。
初耳だったからこれには驚いた。
いったいどこに引っ越すのかと思い、メールで聞いてみた。
返事が来ない。
ということは、遠くへ行くことになり、言い出しかねているに違いない。
もしや大阪に帰ることになったのではと、不安が募る。
しばらくして、またメールが来た。
>いよいよ引っ越しが近付いてきましたので、またお手すきでしたら宜しくお願い致します。
>ただ今度はずいぶん遠くなるので、泊まりがけでお願いします。
やっぱりこれは大阪に違いない。
Y氏がいなくなると、この町も寂しくなる。
感傷にひたりながら意を決して電話をすると、Y氏が言った。
「そうなんだ、引っ越しするんだ。アパートのA塔からB塔にね。
ハハハ・・」
いっぱい食わされた。
騙されたことが嬉しいような、腹立たしいような・・・。
まぁ目と鼻の先を移動するくらいなら、楽でいいか。
細かなものはもう運び終えているようで、あと残っているのは、風呂場のバスユニットだけと言うのだから・・・?
へっ、バスユニット! いくら使い慣れたものがいいからって、アパートでしょう! バスユニットまで勝手に交換していいのだろうか。
「いいの、いいの」とY氏が言うから、きっといいのだろう。
ところで長野県の高校野球で異変が起きている。
どうしたんだ。なぜ今年だけ目茶苦茶強いんだ諏訪清稜!
甲子園の常連・松商学園に昨日勝ち、やぁここまでよくやったとねぎらったのもつかのま、信州工業にまで勝ってしまうとは、この夏一番の珍事ではないか。
3点差を跳ね返し、8回裏に逆転劇を演じるとは、まさにミラクル。
これで明日は 清稜 対 東海第三 の決勝戦だ。
どちらが勝っても、南信勢の優勝になる。こんなことって過去にあったかなぁ。
ここまで来たらもちろん清稜に勝たせたい! 公立進学校の甲子園出場なんて、全国的に見ても、大いに価値があるじゃないか。
明日はテレビの前にかじりついて応援してやるぞ、と思ったが、バスユニットの引っ越しがあった。
それにしても、準決勝まで進んだ高校野球の応援で、ブラスバンドのない高校なんて清稜ぐらいだろうか。明日も声だけの応援なのだろう。
食べ放題に備え、昼飯まで抜き食べまくるぞと意気込んで乗り込むと、すでにテーブルはほとんど埋まっている。いやな予感に襲われ、我々は席を確保する前に、急ぎバイキング料理の並ぶテーブルへと走った。
Y氏があっと叫び、料理を指さしたまま動きを止める。
もしやと思い料理をのぞくと・・・、なかった。
思っていた時間より1時間早く、パーティは始まっていた・・・。
すでにあらかた料理は食べ尽くされており、いったいそこにどんな料理が並べられていたのかさえ、我々にはわからなかった。
呆然と立ち尽くす我々の傍らで、おじさんが声をかけてきた。
「いやぁ、よく食べたね。もうなんにも残ってないね」
目の前が少し暗くなった。
それでもきっと第二陣が来るに違いないと信じ、待った。
他のテーブルを見渡すと、一カ月ぶりに見かける「寿司」の姿が見える。
そうか、寿司があったんだ、今度テーブルに並んだら絶対あの寿司から食べるんだと、我々の期待はいやがうえにも高まる。
それでもなかなか料理は出てこない。たまりかねて、近くを通ったウェイトレスさんに聞いてみた。
「す、寿司はまだですか?」
「はい、コーヒーならもう少しで入ります」
寿司とコーヒーはどういう関係にあるのだろうか。しばらく悩んでしまった。
そしてようやく事態を理解した。
もう料理はでてこない。
Y氏がつぶやいた。
「食べ残しでいいからくれないかなぁ」
やだよこの人は、同じこと考えてるよ、と妙に感心してしまった。
ロシア音楽はなかなかのものだった。
たとえ演奏の合間に深い眠りに入っていようとも、全員が拍手をするタイミングには、きちんと起きて拍手喝采を送る。その辺NO
テクニックはY氏ももち合わせている。
いろいろな取材活動を通して、身に付いた技かも知れない。
最後は盛り上り、カチューをシャ全員で合唱する。会場のあちこちから歌声が聞こえてくる。なぜかみんなうまい。歌声はどう聞いてもみんな、オペラのようなビブラートがかかっている。合唱をやっている人たちが集まっていたようである。いったいどういうパーティだったのだろうか。
ただ救いは、司会のおじさんが一人マイクを握りしめたまま、だみ声を張り上げていたことだろうか。マイクを通して歌うのだから、当然一番目立つ。
音程とテンポがずれ、いわゆる酔っ払いカラオケおじさんになっている。ロシアの人たちはその声に合わせて正確に歌うのだから、さすがにプロであると感心してしまう。
なにはともあれ楽しかった。誘ってくれたY氏に感謝!
それにしてもパワーマックは早い! パワーブック145Bと比べると20倍は違って見えてくる。それになんといっても、カラーである。
ついに、ついに、はじめて自分のホームページをカラーで見ることができた! o(^-^)o というわけで、背景なども今日から少しだけ凝ってみた。
気分がすっきりしないときに行く場所は、山の中と決まっている。森林浴がなんといっても健康には一番である。
まぁそうはいっても、本当の原生林のなかへ入って行くには時間的に無理がある。今はもうジムニーもない。オフロードバイクに乗ってもいいのだが、エンジンがかかるか自信がない。
というわけで、午後は近くの湖へと出かけた。ここはいい。湖の裏手に閑静な別荘が建ち並んではいるが、まださほど人の手は入っていない。リゾートでもないから、観光客が押し寄せることもない。
小さな湖である。向こうの桟橋で釣りをしているおじいさんの服装さえ、なんとなくわかる。湖の周りを白樺並木が囲んでいる。湖岸に座ってただ湖を見ていると、時間の流れがずいぶんゆるやかに感じられる。
ほんの少し街から離れるだけで、そこはもう別天地である。野鳥のさえずり、水の音、木々の擦れ合う音、自然のなかにはさまざまな音が隠されている。
もっともスズメ蜂のブーンという重低音にはまいってしまったが・・・。あわてず、無暗に動きさえしなければ、彼らが人を襲うことはない。あたしゃ白樺の木だよ、てな顔をしてじっとしていると、蜂は本当に人を木だと勘違いし、そのうちに飛び去ってくれる。自然界には自然界のルールがある。
それにしても気持ちいい風が吹く。町中の暑さとは隔絶された世界がある。
たとえ24時間営業の書店はなくても、湖を渡るこの緑風があれば、信州は十分に生きるに値する。
鏡湖からクルマでおよそ7分、考えてみれば我が家もリゾート地に建つ別荘のようなものである。
妹「マコね、大きくなったら絶対お兄ちゃんと結婚するんだよ」
母「ふうん、いいね。でもね、マコとお兄ちゃんは結婚できないのよ」
妹「えっ、どうして、マコお兄ちゃんのこと好きだよ、どうしてダメなの」
母「・・・どうしてもダメなの。家族で結婚しちゃいけないのよ」
妹「そうなんだ、つまんないの。
でもさ、じゃぁどうしてママとパパは結婚してるの。
二人ともマコの親のくせに、いけないんだ!」
母「(*_*)」
そうそう本屋と言えば、諏訪に今秋オープンの予定だった24時間営業の大型書店の話がつぶれてしまったではないか。
なんてことをしてくれたんだPTA!(-.-)
青少年の育成によろしくないとかで、PTAの圧力により、結局夜11時までで閉店することに決まってしまったという。
せっかく深夜でも本を探しに行けると喜んでいたのに、とんでもなく残念だ。
だったらせめて18歳未満お断りの本は一切おかないようにするとか、他にいくらでも方法があるだろうPTA。
だいたいつっぱった兄ちゃんや姉ちゃんたちが、深夜に本屋でたむろするはずがないだろうPTA!
健全な子供たちが真夜中に参考書がどうしても読みたくなったら、どうするんだPTA!
ということで悶々としたまま、久し振りにパチンコ屋へ向かった。
一カ月の御無沙汰である。
今日は大工の源さんの機嫌がすこぶる良かった。源さんが、おぅ久しぶりじゃねぇか、よっしゃ、てやんでぃ今日は俺のおごりでぃ、もってけ泥棒、と言って一万五千円ほど小遣いを差し出してくれたのだが、それではあまりにも気の毒と思い、五千円はお返しした。
それにしても、いつ行っても源さんは元気だ。源さんを見ていると、よし頑張るぞ、というパワーが湧いてくるから不思議である。
夜の原稿に備え早めに帰ろうと思い、源さんにお礼を言って立ち上がると、なんと後ろには将棋の駒が五色の光を発しているではないか。
ものは試しと、源さんからもらった余り玉で一局指してみた。詰まされる寸前に必至がかかり、六千円いただいた。
嬉しい。
NHKで「秀吉」を見た。この番組は歴代の大河ドラマの中でもきわだって視聴率が高いらしい。それもそのはずで、役者の演技が優れていることは勿論として、ストーリーが実に新鮮である。
堺屋太一の歴史観が反映されているせいだろうか。明智光秀が本能寺の変を起こす心理的葛藤は、なかなかのものである。ことに家康が光秀をそそのかすという下りには、斬新な解釈が見られる。
堺屋太一の「鬼と人と」はだいぶ前に読んだはずなのだが、家康の謀略について触れられていたかは記憶にない。
歴史の解釈というのは、いかようにもできる。本能寺の変にしろ、これから描かれる柴田勝家との合戦にしろ、歴史的な事実は変えようもないが、そうした歴史を刻んだのはとりも直さず一人ひとりの人間であり、そこには無数のドラマが隠されている。
どんな事実を切り取り、そこにどんな解釈を施すかは、後世の人間の自由である。真実など確かめようもない。ひとつの事実が無意味にもなれば、ドラマチックに飾られることもある。それが歴史小説・ドラマの醍醐味であるに違いない。
そんなことを考えているうちに、ふと思った。現代とて、同じことが言えるのではないだろうかと。
今という瞬間を過ぎ去ったときから、過去はすべて歴史に移り変わる。昨日起きたことさえも、解釈いかんによっては受け止め方はまったく違ってくる。情報の氾濫するいまだからこそ、一方的な報道に流されることなく、自分の視点から事実を見つめる必要があるのかもしれない。
これは面白い! 将棋を知らない人にはまったくわからないだろうけれど、タイトル戦初登場でいきなり端歩とはなんておもしろい棋士なんだ。
プロの棋戦では初めの一手は、▲7六歩と角道を開けるか、▲2六歩と飛車先を突くかのどちらかが常識になっている。別にそう指さなきゃいかんと誰かが決めたわけでもないのだが、それが一番理にかなっていることはたしかだ。それ以外の手を指すということは、まぁたとえばオセロで四隅に入れるのに、あえて無視してとんでもない場所にイシを置くようなものなのだ。
これには羽生も度胆を抜かれたに違いない、と思ったがまったく冷静に差し回しており、封じ手あたりでは羽生の方が指しやすそうではある。う〜ん、少しは焦ってほしかった。
深浦の構想は9七角と端から角をのぞかせ、中飛車から五筋の位をとっていこうというもの。そう、これは、懐かしのつのだじろうのマンガ「5五の龍」そのままなのだ。無惨に殺された5五の龍が化けて出るというあのマンガ・・・ではない。つのだじろうといっても、うしろの百太郎のようなオカルトばかり書いていたわけではない。
これはその昔大ヒットした将棋マンガなのだ。奨励会(プロ棋士になるための修行の場)を舞台に、明日のプロ棋士を目指す少年少女たちの姿がドキュメンタリータッチで描かれている。
年代からいっても、羽生や深浦がちょうど奨励会で凌ぎを削っていた時期にヒットしたマンガである。彼らが読んでいないわけがない。当時の奨励会員のほとんどが、このマンガに憧れて奨励会の門を叩いたと言われているほどだ。
羽生も後日、奨励会にいた頃このマンガを夢中で読んだと語っている。
「5五の龍」のマンガのなかで、主人公が用いた得意戦法こそが、この王位戦で深浦が指した5五龍中飛車なのだ。無防備に角が端に飛び出すのだが、実はこれがハメ手(相手が挑発にのれば罠にかけてしまおうという手)になっており、すぐにとがめに行くとたちまち逆襲にあう羽目に陥る。
それにしても深浦が、この大一番に5五龍中飛車をあえて指したと聞いたとき、原点に返るんだという彼の意志が伝わってくるように感じられた。なんの気取りもないさわやかな風が駆け抜けたようだ。若武者同士の一戦に、いかにもふさわしい出だしである。
あるいは深浦は、タイトル戦に出る日にはこの戦法で行こうと、奨励会に入った子供の頃から、胸に秘めていたのかもしれない。あこがれと夢をいっぱいにふくらませながら、将棋を楽しんでいたのだろうか。
さてこの戦法は奨励会時代に羽生自身も好んで何局か指したことがあるはずで、手の内は十分知っているだろう。
もちろんそんなことは深浦も百も承知だ。それでもこの原始的な戦法を選んだからには、なんらかの採算があるに違いない。
かつてハメ手に過ぎなかった石田流を究め、升田式石田流で大山名人を破った升田幸三のように、深浦式5五龍中飛車の華々しい活躍を期待したい。
ところで全局この戦法で押したら、すごく面白いでしょうね。
大学の後輩から久々に電話があった。そうか、おとといが司法書士の試験日だったのかぁ。前日の寝不足が尾を引き、手痛いミスをおかしてしまったらしい。落ち込んでいるようだ。本番に弱いタイプなのだろうか。
まぁあれだけ優秀な頭脳をもっているやつなのだから、いずれ試験に受かることは間違いないにしても、バリバリ働く友人を目の当たりにしながら勉強を続けることは、ずいぶん辛いに違いない。
月並みだけど、「がんばれ」としか言えないんだよなぁ。がんばりましょう、お互いに!