タイ王国からサワッディ!(こんにちは)

−タイの街と皆既日蝕−
  



渋滞と洪水の街バンコク

 日本から飛行機で6時間、時差2時間の国タイは、雨期から
乾期にかわるところだった。タラップを降りると、ムッとした
熱気につつまれ、ちょうど東京の真夏と同じ暑さ、湿度である。
(もちろん、これでもタイにとっては涼しいほう)

 今年(1995年)のタイは、新聞でも話題になったように、
15年ぶりという大洪水! 特に上流の地方では一面にたんぼが
水没し、地平線まで続きそうな水、水、水・・・ 。実際、一階
建ての家は屋根しか見えなかった。(あれは納屋なのかなぁ?)

 下流にある首都バンコクも、あちこちが水びたしであった。
 バンコクは、渋滞で有名な街である。ただでさえ整備のおく
れている道路に、近年、急増した車があふれかえっている。し
かも、車検がないときているのだから、ポンコツ寸前の怪しい
車から高級新車まで実にさまざまだ。(その中でも日本車の多
さは目立つ)

 ついでに、免許を持たずに運転する人も多い。こわいっ!
 そんなわけでタイは、出勤や打ち合わせに2、3時間遅れて
もまったく問題なし!という、おおらかな(いい加減な)お国
柄である。

 数少ない、そして渋滞している道路に川の水はあふれかえり、
さらなる渋滞をおこしていた。目的地に着くのは、いったいい
つだろう・・・ 。



バンコクの水上生活でかかせない川

 『メナム川』といえば、聞いたことのある人も多いはず。し
かし、正確には『チャオプラヤ川』が正しい。"メナム"とは
”川”の意味なので、『川川』になってしまうのだ。

 チャオプラヤ川の水は、はっきり言って汚い。上流では、今
でも生活用水として食事、洗濯、風呂などに使い、そして下水
道の役も兼ねているという。しかし、濁っていてもよどみなく
流れているためゴミなどはなく、夏の諏訪湖のようなひどい匂
いもない。

「この茶色い水が普通にきれいなのだ」と現地ガイドさんは愉
快そうに笑う。

 ちなみにこの川の上流が、あの有名な『黄金の三角地帯』
(タイ、ミャンマー、ラオスの国境)である。

 このチャオプラ川の両岸には観光地(寺院や王宮など)が多
く、私たちを乗せた水上バスはビュンビュンと茶色いしぶきを
あげて、豪快に走るのだった。



タイの黒い太陽 皆既日蝕!

 今回の旅の一番の目的は、皆既日蝕を見ることだ。一九九五
年十月二十四日、インド北部から東南アジアにかけて、太陽を
月がすっぽりおおいかくす現象、つまり皆既日蝕がおこったの
だ。(日本でも部分蝕になった。昨年は南米で皆既日蝕がおこ
り、私はペルーで見た。)

 タイの古都アユタヤを通り、ナコン・ラチャシマという地方
都市から、観測地であるチョクチャイへ向かう。ここにある高
校のグランドを借りて観測は始まる。

 午前九時二十三分、部分接触開始。日蝕グラスを通して、上
部がほんのわずかへこみ始めたのがわかる! いよいよ、太陽
に月が重なる。普通に見ただけでは、いつもと変わらずに眩し
い太陽が、これからじわじわと細くなっていくのだ。

 グランド周辺に、近所の人たちが増えてきた。日蝕グラス越
しに太陽を見る人、TVモニターで部分蝕を見る人、集まった
客にジュースや食べ物を売る屋台の人、授業で観察する学校の
生徒たち、英語で話しかけてくる先生や、アンケートをしにく
る生徒、そしてなぜか(!?)私にサインを求める人まで(記念
に何か書いて欲しかったらしい)。誰もがとても親日的で、ち
ょっとはにかみながらも、好奇心旺盛な目をして話しかけてく
れる。やがて校庭の向こう側は、何台ものバスが連なり、日蝕
見物人でお祭り騒ぎになってきた。

 もはや十時を過ぎ、半分以上欠けた。さっきまでジリジリと
照りつけていた暑さが、なんだかやわらいで気温も少し下がり、
辺りの風景が色あせて見える。グラス越しの太陽は、三日月の
ように細くなっている。あんなにわずかでも、ちゃんと太陽は
眩しく輝いている。

 十時五十三分、もう太陽がわずかしかない。「あ、なくなる」
っと思った瞬間、グラスを離して空を見つめる。皆既だ!

 一筋の光を残して、空が夕暮れのように暗くなった。空に浮
かぶのは、黒い円盤とそれを取り囲む真珠色の輝き。ぽっかり
と空に穴が開いて、別空間への入り口のように、それは突然存
在する。太陽が限られた瞬間に、限られた場所でのみ見せてく
れる別の顔。彼にまた会えたのだ。

 あんなふうにコロナは、普段でも広がっているんだね。そし
てあんなふうに何ものかの力によって、左右に伸びたりしてる
んだね。再会した”黒い太陽”がいとおしくて、そう話しかけ
たいくらいだ。双眼鏡の中では、紅ピンク色のプロミネンスが
大きくはっている様子もわかる。

 「あ、光だ!」。月のどこの谷だろう、重なりがわずかにず
れて、太陽が現れ始めた。周囲の谷からも次々に光がもれて、
徐々につながってひとつのリングになる。スローモーションで
見るように、ダイヤモンドリングができて、そして消えた。

 いつもと同じ太陽が、そこにはあった。あっという間の一分
四十秒のドラマに、深いため息と拍手がおこる。

 宇宙のできごとは、なぜこんなにも不思議なのだろう。そし
て自然の森羅万象は、なぜこんなにも神秘的で美しいのだろう。
皆既日蝕とタイ王国、実際に経験してみてはじめて、その偉大
さや素晴らしさを知る。コープクン(ありがとう)! タイと
黒い太陽。

(原 智子)



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